東京地方裁判所 平成2年(ワ)12884号 判決 1994年4月26日
主文
一 甲事件原告(乙事件被告)の請求をいずれも棄却する。
二 乙事件原告(甲事件被告)の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、甲事件について生じた分は甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、乙事件について生じた分は乙事件原告(甲事件被告)の負担とする。
理由
第一 請求
(甲事件)
甲事件被告富士建設株式会社(以下「被告富士建設」という)及び甲事件被告(乙事件原告)旭金属工業株式会社(以下「被告旭金属」という)は各自甲事件原告(乙事件被告)三新構建株式会社(以下「原告」という)に対し、金七〇六万五〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月二七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(乙事件)
原告は被告旭金属に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成四年四月七日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、緊急に溶接作業を伴う工場用建物の建築を迫られた自動車部品の下請業者が、事務所用建物資材の代替により建築を勧める建築業者及び敷地所有者である別途の建築業者と合意の下に、右建物の建築契約の締結に向けて準備を重ねたが、建築確認許可が下りないまま、結局右建築請負契約締結に至らなかつたことから、右資材提供をした建築業者である原告が被告らに対し債務不履行を理由に損害賠償を求め、これに対し自動車部品製造業者である被告旭金属が原告に対し不法行為に基づき損害賠償の反訴を提起したものである。
1 甲事件
原告が被告らに対し、原告と被告ら及び被告富士建設代表者斉藤富士雄(以下「斉藤」という)間の工場用建物建築請負等の予約契約の成立を主張し、右予約契約に基づく本契約の締結の不履行を理由に、損害合計七〇六万五〇〇〇円(材料費・加工費・経費等三〇九万円、建築確認申請用図面の作成委託手数料六〇万円、交通費八万五〇〇〇円、打合せ費用等七一万五〇〇〇円)の賠償請求をする事案である。
2 乙事件
被告旭金属の原告に対する損害賠償請求であり、原告が被告旭金属から溶接工場の建築を請け負いながら右工場の使用目的に適合しない製品による違法建築を勧めたことを不法行為(民法七一五条)と主張し、予定した竣工期限に右工場を取得できなかつたことにより損害合計七三九一万七六九九円(土地決済の遅延による金利負担金一一〇九万七〇〇〇円、工事完成遅延による設備代金の金利相当分一七四万〇六九九円、人件費二四五万円、得べかりし利益五七四三万五〇〇〇円)を被つたとして右損害のうち二〇〇〇万円を請求する事案である。
二 争いのない事実等
1 原告は、新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という)の特約店として、新日鉄の製作するシステム建築製品である商品名「スタンオフィス」(以下「スタンオフィス」という)による建物建築等を、被告旭金属は主として日産自動車株式会社(以下「日産自動車」という)の下請業者として自動車のラジエーター等の部品の製作を、被告富士建設は建物の建築等をそれぞれ主たる業とする会社である。
2 被告旭金属は、日産自動車の平成二年六月からの増産計画に伴い、同年五月末ころまでに、自動車部品の大量生産のできる溶接工場(以下「本件工場」という)を新規に増設する必要に迫られ、右工場用建物建築用地を物色していたところ、平成元年一二月ころ、不動産仲介業者から斉藤所有の相模原市田名字清水原二二七〇番二ほかの約五〇〇坪の土地(以下「本件土地」という)を紹介された。
被告旭金属代表者山田雅穂(以下「山田」という)は斉藤と交渉したところ、同人から本件土地のみの売買では国土法による規制の関係で利益が出ないので、本件工場用建物を被告富士建設において建築し、本件土地と一体で売却したいとの意向を示され、被告富士建設において右工場用建物建築を依頼して同工場と共に本件土地を買い受けることにした。
そこで、被告富士建設は右工場用建物の概略図面及び建築費用の見積書の作成に当たつたが、同被告が一般工法により右建物を建築することとすればその完成は平成二年九月以降となつてしまうことが判明した。
3 他方、被告旭金属は平成元年一二月一九日、新日鉄に同会社の製作するシステム建築製品商品名「スタンパッケージ」(以下「スタンパッケージ」という)による本件工場用建物建築につき問合せをしたところ、同会社から連絡を受けた原告の常務広瀬正(以下「広瀬」という)が平成二年一月一〇日被告旭金属を訪問した。その際、山田は広瀬に対し、いずれは数棟の建築を予定しているが、日産自動車の部品製造を平成二年六月ころから増産しなければならないので、とりあえず本件土地内に建付地約一〇〇坪、延面積約二〇〇坪の溶接工場用建物の建築を考えている、しかし、一般工法による建築では九月以降の完成になるので、スタンパッケージについて問い合わせたものだが、右製品によつて同年五月中に工場建物を完成できないかと要請した。そこで、広瀬が新日鉄に電話で問い合せた結果スタンパッケージは生産が間に合わない状況にあり、設計・確認申請・工事期間を考慮すると右期間内には間に合わず、納期は早くとも同年七月ころになると説明した。広瀬は代わつて本来事務所用建物製品であるスタンオフィスのパンフレットを示し、右商品ならば現在在庫があり、希望の納期に間に合うと勧めた。また、広瀬は、稼働中の被告旭金属の工場に案内され、溶接を伴う作業状況を見学した上で、同工場の作業内容及び作業量であれば一階コンクリート、防火工事をすればスタンオフィスで十分に溶接工場としても対応できるし、納期にも間に合うと説明し、重ねてスタンオフィスによる本件工場用建物建築を勧めた。
また、広瀬は、建付地一〇〇坪二階建の場合と建付地一五〇坪二階建の場合のスタンオフィスによる建築による規模・躯体に関する概算は坪当り約二八万円であることなどを説明し、山田から概算見積書の提出を求められた。原告は平成二年一月一六日ころまでに被告旭金属から提示を受けた建築予定図面を基にして概算図面、引合図面及び概算見積書を作成して同被告に提示した。
そこで、山田は、広瀬と共に、平成二年一月二六日午前中被告富士建設の事務所を訪れ、斉藤に対し、被告旭金属としては本件土地上に原告の建築によりスタンオフィスによる工場建物を建築したいと申し入れ、被告富士建設の協力を要請した。その際、山田及び広瀬は、本件工場用建物の請け負いと一体で本件土地を売却して利益を得たいとの斉藤の意向を考慮して、被告旭金属としては本件土地の半分にスタンオフィスによる工場を建築するが、残りの部分にも一年以内を目処に同被告が斉藤から買い受け、被告富士建設に工場建築を依頼すること及び本件工場用建物の建築についても、被告旭金属が被告富士建設にスタンオフィスによる工場建築を注文し、原告が同被告の下請として建築に当たり、斉藤ないし同被告が完成した工場を建設予定地と共に被告旭金属に売り渡すとの提案をし、斉藤も被告富士建設の代表者としてこれを了承した。
ところで、原告、被告ら及び斉藤は、本件土地が使用目的を「倉庫」に限定する開発許可を受けていたことから、被告旭金属の要求する納期に間に合わせるため右開発許可に符合させて用途を「斉藤倉庫」として建築確認申請を出すことにし、原告においてスタンオフィスを使用する本件工場の建築確認申請用図面を作成し、被告富士建設が右図面に基づき施主を斉藤とし、主要用途を「倉庫」とする建築確認申請をする旨の合意をした。山田もとにかく前記期間内に工場建設の目的が達せられればよいと考え、右の確認申請手続にいかなる法的問題があるかなどについては全く関心を抱くことなく、スタンオフィスで工場建物を建築することにした。
4 山田、広瀬、佐藤及び川田正弘設計士(以下「川田」という)は、平成二年一月一七日被告旭金属において、本件工場の建築プラン、建築内容等を同被告の作成した手書きの概略図面に基づき検討し、用途確認のため工場内の作業を調査したほか、山田、広瀬及び佐藤は、同年二二日本件土地を訪れ現場調査を実施した。
5 平成二年一月二五日ころまでに、山田は広瀬に対し、本件土地を斉藤から購入することになつていること、当初被告富士建設に工場建築を依頼していたことを告げ、三者で調整したいので被告富士建設に同行してほしい旨の要請をした。
同日午後、山田、被告富士建設の柿ノ木(以下「柿ノ木」という)、広瀬及び佐藤が本件土地の調査を行い、原告は川田に対し、本件工場の建築確認申請用の図面の作成を依頼した。川田は、同年一月三一日ころ被告富士建設から開発許可の工事の検査済証明書の交付を受けた。同年二月五日、広瀬、佐藤、川田が被告富士建設において、斉藤、柿ノ木と今後の日程等を打ち合わせ、本契約書は同年四月初めに作成することになつた。川田は同年三月七日、作成した建築確認申請用図面について被告旭金属、被告富士建設及び原告から承認を受けた。被告旭金属と被告富士建設は原告に対し右図面に基づきスタンオフィスを発注するように依頼した。
そして、原告と被告富士建設は本件工場建築の担当部分の打合せを行つた結果、原告が基礎、躯体、設備、電機を担当すること、被告富士建設が外構工事等を担当するというおおまかな合意をみた。
6 山田は、平成二年三月一四日原告に対し、設計箇所の一部変更追加依頼をし、これを受けて原告は、日鉄商事株式会社に対しスタンオフィスを発注し、同年三月一六日までに建築確認申請用図面の作成を完了して関係書類を被告富士建設に交付した。被告富士建設は、右図面等に基づき建築確認申請用書類を作成し、同月二二日相模原市役所に対し建築確認申請書を提出した。同月三〇日、原告は代金額一億〇一〇〇万円の最終見積書を被告富士建設に提出した。被告富士建設は、同年四月一四日同見積書を基礎にして同被告の行う工事の請負代金を加えて算出した代金額で、被告旭金属との間で本件工場建物の仮工事請負契約書を取り交わした。また、斉藤も同月一二日国土利用計画法による本件土地売買の届出書を提出し、建設予定地の売買の準備に着手した。
7 佐藤、川田及び被告富士建設の井上は、平成二年四月一六日相模原市役所から、建築確認申請をした建物(以下「申請建物」という)を防火構造とすることに加え、申請計画図面によれば同建物の二階部分の用途表示を倉庫内取扱物品(軽量機材、書類及び本類)としているが、二階部分も倉庫としての申請であれば床耐力で五〇〇キログラム必要であるから、その部分の用途表示を変更するようにとの指導を受けた。更に、柿ノ木、広瀬及び佐藤は、平成二年四月二三日相模原市役所建築指導課から、確認申請に係る建物の二階部分の用途表示を「事務所」とする図面に差し替えることによつて建築確認を受けることができる旨の指導を受けた。同日、広瀬、斉藤及び山田は被告富士建設において、二階を倉庫としては建築確認許可が下りない理由及び建築指導課との交渉経緯について話し合つたが、山田は建築工事が遅れることのみに関心があり、右確認申請手続が滞つていることに不満の意を表わしていた。また、斉藤は被告旭金属に対し本件土地全部を買い受ける約束をして欲しいと要求した。
8 原告は、被告富士建設に対し、平成二年四月二七日付書面により本件工場の建築着工の指示を要請した。他方、山田は同年五月一日広瀬に対し、継続して本件工場建物の建築工事を進めるよう要請したほか、その後も斉藤及び広瀬と話し合つた際に、建築の準備を予定通り進めるようにとの意向を表明していた。
しかし、被告富士建設は最終的にスタンオフィスによる本件工場用建物の建築工事を受注することを拒絶した。また、被告旭金属は斉藤から申請建物は欠陥商品によるものであり、建築確認申請上多くの問題がある旨の説明を受けたため、それ以降は原告に対し何らの連絡も取らなかつた。
9 被告旭金属と被告富士建設は、結局原告との間ではそれまで準備を重ねてきた本件工場用建物建築の契約を締結することを断念し、平成二年六月二〇日右両被告間で本件土地の売買契約及び建築請負契約を締結し、被告富士建設は同土地に被告旭金属のための工場を建設した。
三 争点に関する当事者の主張
(甲事件について)
1 原告の主張
原告と被告ら及び斉藤は、平成二年一月二六日、斉藤を注文者、被告富士建設を請負人、原告を下請負人として本件土地の一部にスタンオフィスによる工場用建物を平成二年五月末日までに建築する旨の各建築請負契約を本件工場の建築確認を受けるまでに締結すること、斉藤は本件工場及び本件建築予定地を被告旭金属に売り渡す旨の契約を建築確認を受けるまでに締結することを内容とする予約契約を締結した(以下「本件予約契約」という)ところ、被告富士建設は、申請建物の建築確認申請について相模原市役所建築指導課から二階部分の用途表示を事務所に変更するよう指導を受けたことを奇貨として、平成四年五月中ころ、被告旭金属に対して、スタンオフィスによる本件工場の建築については、建築確認申請上問題がある旨の説明をし、被告旭金属は、右説明を信じ、もつて被告らは故意に本件予約契約に基づく本契約の締結を拒否した。
2 被告らの主張
原告主張の予約契約なるものは、契約成立過程における協議の一段階にすぎず、本契約の締結に向けて協力する義務を負つてはいたものの、未だ具体的な権利義務関係の確定した法律関係にまでは至つていない。
また、被告らが本契約締結を目指した協力関係を破棄したのは、事務所としてしか建築確認を受けることができない建物を溶接工場として使用するのは違法であり、かつ、実際上も火災や建物の強度不足など危険であると判断したことを主たる理由とするのであり、被告らのとつた右対応には正当な理由があるというべきである。
(乙事件について)
1 被告旭金属の主張
原告の被用者である広瀬は、被告旭金属が必要としていた建物が一階、二階とも溶接工場として使用するものであること及び同工場を平成二年五月末日までに取得する必要があることを十分承知していたのであるから、防火材や構造計算上の荷重において右工場用建物に適した建築を推奨すべき注意義務があるにもかかわらず、同被告に対し右工場用建物として防火上、構造計算上欠陥のあるスタンオフィスを勧めるなど右義務に違背した過失により、同被告の目的に適う建築確認を得ることができなかつた。
そのため、同被告は平成二年五月末日までに本件工場用建物を取得することができず、前記の損害を被つた。
2 原告の主張
スタンオフィスは、本件工場の建築資材として十分に対応できる構造を有していたから、広瀬には何ら注意義務違反ないし過失はない。
第三 裁判所の判断
一 甲事件について
1 原告と被告ら間の契約関係の存否について
前記争いのない事実等に摘示のところから明らかなように、原告と被告旭金属は平成二年一月二六日に被告富士建設と協議するまで、本件工場を同年五月末日までに完成させるための打合せを重ね、被告旭金属が原告に対しスタンオフィスによる工場建築を発注することとして被告富士建設との右協議に臨んだこと、右協議においては、本件土地の開発許可による用途目的の制限や使用建築資材が溶接工場用建物とは異別の事務所用資材であることなどから建築確認申請手続上の問題が窺われ、また、右の影響もあつて本件工場の仕様、設計図面、正式な見積りが作成できない状況にあつたこと等から代金額を定めた正式な請負契約等を締結するまでには至らなかつたこと、右契約の締結を目的として、原告は被告旭金属と打ち合わせて本件工場の建築確認申請用の設計図面を作成し、またスタンオフィスの発注を行い、他方、被告富士建設も同被告が担当する工事部分につき原告と協議を重ね、建築確認申請を行うとともに被告旭金属との本件土地売買及び本件工場の請負契約締結の準備をするなどの準備行為を重ねたことの事実が認められるところ、右の経緯に照らすと、最終的な建築請負契約締結にはなお将来不確定な要因が介在していることが窺われ、本件当事者間には右契約締結の実現のために尽力すべき協力関係ないし協力義務が生じていたことは認められるが、それ以上に原告主張のごとき予約契約まで認めるには足りないものというべきである。
2 被告らの損害賠償責任につき検討する。
被告富士建設及び被告旭金属は原告との間では、結局本件工場用建物の建築受注契約の締結に至らなかつたのであるが、右の点につき本件の契約締結に向けた協力関係の過程にやむを得ない正当な事由があつたかどうかについて以下検討する。
(一) 前記争いのない事実等のほか《証拠略》によれば次の事実が認められる。
(1) 広瀬は、平成二年一月一〇日被告旭金属の工場を見聞した上で、何ら専門的知識を有せず、ひたすら本件工場用建物の建築を急ぐ山田に対し、建築資材の専門家の立場からスタンオフィスでも被告旭金属が必要とする溶接工場用建物として使用することができると説明した。
(2) 被告富士建設が本件工場用建物建築計画に加わつたのは、本件土地の売却益を上げるために、土地の売買に本件工場用建物の建築受注を加えることを企図したことにある。
被告富士建設は、原告及び被告旭金属と協議した上で、斉藤が施主、被告富士建設が建築を請け負う段取りの下に建築確認申請書を相模原市役所に提出した。しかし、本件工場の本体部分の設計、建築確認申請用図面等の作成は、原告が被告旭金属と打ち合わせて作成しており、被告富士建設は右作成図面等に必要な項目を書き加える等の作業をしたにすぎない。
(3) 原告及び被告富士建設は、建築確認申請をした当時、床耐力等の構造計算や防火に関する点について、開発計画を得ていた用途目的である倉庫としてよりも工場とするほうが建築確認を受けるための規制が厳しいものとの予測はしていたが、二階の用途を倉庫とする建築確認を得るのに問題が生じようとは予想していなかつた。
(4) 原告が被告富士建設に建築確認申請用の書類として交付したスタンオフィスの認定証の構造計算書は、二階部分の床の積載荷重が三〇〇キログラムの範囲内でしか使用できない構造計算になつている標準のものをそのまま使用したにすぎず、原告において本件の申請建物のために特別に検討や修正を加えて構造計算をしたものではなかつた。
(5) 被告富士建設は、平成二年四月一六日相模原市役所から申請建物の二階部分の床の積載荷重が不足すること及び防火構造の点で問題がある旨の指摘を受け、スタンオフィスの防火仕様に関する許可証の提出を求められたが、スタンオフィスは右の許可を受けていなかつたことから、同月二三日、二階部分の用途表示を事務所に変更しなければ建築確認を出せないとの指導を受けるに至つた。
(6) 同日、斉藤は、二階部分の用途を事務所としてしか建築確認を受けられないことを知つたが、このまま被告旭金属のためにスタンオフィスによる建築を進めれば、二階部分も同被告は溶接工場として使用することになり、万一事故が起きた場合には、斉藤及び被告富士建設が施主及び請負人として関係官庁から厳しい指導ないし行政処分を受けることとなりかねず、地元の建設業者として致命的な信用失墜を来すことになるなどと事態の推移に危惧を抱いた。そこで、斉藤は山田に対し、被告旭金属が市役所から右のような指導を受けている中でなお本件土地にスタンオフィスによる工場を建設したいのであれば、被告富士建設は外れるので、被告旭金属において本件土地全部を購入し、原告との二社間で建築請負契約を締結し、目的を達するように要求した。
(7) 他方、山田は平成二年五月一四日ころまでは二階部分を事務所として建築確認を受けるのもやむを得ないものと考え、原告において本件工場建築を行うことを望んでいた。
ところが、前記のとおり、被告富士建設からそれまで進めてきた二階を事務所とする建築確認申請に協力することができないとしてそれまでの協力関係から離脱を申し出られるに至り、被告旭金属もスタンオフィスによる本件工場の建築を断念するに至つた。
(二) 以上の認定事実によれば、スタンオフィスによる本件工場用建物建築計画は、敷地の開発許可用途目的の制約とあいまつて元々建築確認申請手続上種々の点(建築基準法、消防法)で問題を包含していたものというほかない。したがつて、相模原市役所からスタンオフィスによる申請建物の二階床の積載荷重の構造計算の点及び防火構造の点について倉庫としての申請では問題がある旨の指摘を受けたことは、右の問題が顕在化し、計画の遂行の無理が露呈したものともいうべきである。
すると、このような事態の下で、斉藤ないし被告富士建設が原告の提供するスタンオフィスによる溶接工場用建物の建築に危険を感じ、事故が発生した場合における施主及び請負人としての責任及び建築業者としての信用の毀損を慮り、右建築請負契約の締結のための協力関係を離脱し、スタンオフィスによる右工場建築契約の締結を拒否したことにはやむを得ない正当な事由があつたというべきである。
そうであれば、被告富士建設の対応に追随し、原告との契約締結を拒否した被告旭金属の対処もまたやむを得ない正当な事由に基づくものと認められるのが相当である。
(三) なお、原告は、被告富士建設は、申請建物が本件工場として十分対応できる構造計算になつていることを認識し、被告富士建設が被告旭金属の事情から倉庫として建築確認申請をなしたものであるにもかかわらず、相模原市役所から二階部分の用途を事務所に変更する旨の指導を受けたことを奇貨として、被告旭金属に対し、採算がとれないことを理由として本件土地全部の買い取りを要求し、更に、申請建物が建築確認申請上問題がある旨の説明をして、被告旭金属とともに本件予約契約に基づく本契約の締結を拒否したのであるから、被告富士建設には責めに帰すべき事由があると主張する。
なるほど、《証拠略》によると、建築費が最終見積書では一億一〇〇〇万円くらい(坪当たり約三二万円)になつたことから、斉藤は、これではもう商売にならない、残つた半分の土地がまともに売れなくなる恐れがあるので、いつそのこと一緒に土地を買つてもらえばなんとかいけると言い出したことが認められるが、《証拠略》によれば、斉藤が右発言をした主たる動機は申請建物につき相模原市役所から指導を受けたことから、本件土地の残りの部分についての工場建設についても支障が生ずることなどを恐れたことにあり、建築費が高額になつたことのみが理由ではないことが窺われる。また、このような問題がある状況の下では、被告富士建設のスタンオフィスによる工場建設からの離脱の動機の一つに右のような利益衡量を働かせたとしても、原告指摘のような非難は当たらないというべきである。
(四) 以上のとおりであり、被告らがいわばスタンオフィスによる本件工場用建物建築の契約締結に向けられた協力関係を破棄し、ないしは右関係から離脱したことにはいずれもやむを得ない正当な理由があるものというべきであり、違法はないから、損害賠償責任を認めることはできない。
二 乙事件について
1 前記争いのない事実及び前記認定事実に《証拠略》によれば次の事実が認められる。
(一) 広瀬は、被告旭金属に対し、同被告の工場内での作業状況等を見聞し、これを十分承知した上で同工場の二階部分での溶接作業において使用されている溶接機、溶接台等の器具は平方メートル当たり二五〇キログラムくらいの荷重で充分対応できる軽工場であり、本件工場の建築資材としては二階の床耐力が平方メートル当り三〇〇キログラムであるスタンオフィスでも対応可能であると速断して同製品による工場建築を勧めた。
(二) 広瀬は、スタンオフィスが防災上、構造計算上の問題さえ解決できれば一定程度の工場や倉庫としての用途にも一応対応できる製品であると判断し、折から在庫のあつた同製品の販売を熱心に勧めた。
(三) 原告は、被告旭金属の出した具体的な要求に基づき本件工場の仕様等を調整の上、本件工場の設計図等の建築確認申請用図面を作成した。
(四) 被告旭金属としては、自動車部品の増産の要請に対応するために、平成二年五月末日までに新規工場を取得する必要に迫られていたため、当初被告富士建設に依頼していた工場建築を原告に依頼し、更に、本件土地が斉藤の個人名義で倉庫として開発許可を受けていることから、倉庫として建築確認申請をして建築確認許可を取得した後に工場への用途変更を行うとの被告富士建設の提案を受け、これを了承した。
(五) 被告旭金属の代表者山田は建築法規関係の知識は乏しかつたものの、スタンオフィスによる溶接工場用建物の建築には法規上の問題があることを認識していた。しかし、同人は、仮に違法建築であつても、希望の期間内に稼働できる工場が建築されればよいとの考えしか抱いていなかつた。
このため、相模原市役所から二階部分の用途表示を事務所とするように指導を受けた後も、被告旭金属は、スタンオフィスによる工場建築を原告及び被告富士建設に要請し続けていた。
2 右のとおり、被告旭金属は平成二年五月末日の納期に間に合いさえすれば、本来の開発許可及び建築確認申請における用途表示の如何を問わず、完成した工場が現実に同被告の工場として使用できるものであればよいと考え、市役所から問題を指摘されてもなお、工場建設を求めていたものである。
原告は、このような被告旭金属の要請に答えるべく、スタンオフィスによる工場建設を勧めたものであり、また、右資材は適宜の補修、加工を加えれば、工場の建築資材としては一応その機能を備えるものであつたのであるから、結果的に構造計算における床耐力と防火上の問題があつたため二階部分を事務所としてしか建築確認を受けることができなかつたとしても、右工場建築計画破綻の経緯を踏まえると、信義則の上からも原告のスタンオフィスによる工場建築の勧めには損害賠償を認めるに足りるような違法までは見い出し難いというべきである。
3 以上のとおり、原告が被告旭金属に対しスタンオフィスによる工場建築を勧めたことについて違法は認められないから、その余の点につき判断するまでもなく被告旭金属の反訴請求は理由がない。
第四 結論
よつて、原告の甲事件の請求及び被告旭金属の乙事件の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤村 啓 裁判官 吉川愼一)
裁判官 小浜浩庸は転官につき署名押印できない。
(裁判長裁判官 藤村 啓)